ウイルスや細菌などの病原体が人の体内に入って病気を引き起こす感染症は、人類の脅威です(*1)。
新型コロナウイルス感染症はその最たるもので、世界中を恐怖に陥れるほどの威力を持っています。
普通に生活しているだけで発症する感染症は、最悪の病気の1つには違いないのですが、感染しなければ発病しないという「救い」もあります。
そしてその救いは、人類が考え出した感染症対策という形で現実のものとなっています。
この記事では、行政や医療機関、信頼できるマスメディアなどが提案したり紹介したりしている、エビデンス(科学的、医学的根拠)がある感染症対策を紹介します。
*1:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/04/dl/1-2.pdf
もくじ
感染症対策の基本は3つしかない
感染症対策はたくさんあり、この記事でもできるだけ多く紹介します。
しかし「覚えるのが大変」と思わないでください。なぜなら、感染症対策の基本は次の3つしかないからです(*2)。
- 感染源を絶つ
- 感染経路を絶つ
- 抵抗力を高める
感染源とは病原体が存在している場所です。その場所を殺菌して病源体を死滅させれば、それ以上感染が広がることはありません。
殺菌や消毒が、感染源を絶つ方法になります。
感染経路とは、感染源となっている場所と新たに感染した場所を結ぶ「道」です。ウイルスは自分で動くことができません(*3)。ウイルスの感染が拡大するのは「誰か」か「何か」によって運ばれるからです。
中国から始まったコロナが世界中に広がったのは、人がコロナを運んだからです。また、コロナは風にのって移動することもあります。
したがって、感染経路を絶ってウイルスを運ばないようにすれば、感染拡大を防ぐことができます。
マスクをしたり密を避けたり外出を自粛したりすることが、感染経路を絶つことになります。
人の免疫機能のことを抵抗力と呼びます。2人が同時に同じ数の同じウイルスに感染しても、1人が感染症を発症し、もう1人は発症しないことがあります。この現象は、抵抗力の強さの違いで生じていると考えられます。
抵抗力が強いと、すなわち免疫機能が正常に働いていると、白血球などが体内に侵入してきた病原体を叩くので、感染しても発症させないことができます(*4、5)。
体力をつけたり、健康を維持したり、ワクチンを接種することが抵抗力を高めることにつながります。
*2:https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/03/08/1288462_06.pdf
*3:https://emira-t.jp/special/7814/
*4:http://www.med.miyazaki-u.ac.jp/meneki/salute.php
*5:http://www.med.oita-u.ac.jp/idc/
なぜ決定的な感染症対策は出てこないのか
これから紹介する感染症対策は、この3つの基本「感染源を絶つ」「感染経路を絶つ」「抵抗力を高める」をベースにしています。
感染症対策はこれほど単純なのに、なぜ人類は病原体に勝てないのでしょうか。
コロナは2019年12月に世界で注目され始め、約1年半後の2021年5月10日までに、世界で累計157,923,673人が感染し、3,288,110人が死亡しています(*6)。世界の人口が約78億人なので、死亡者はその0.04%(=3,288,110人÷78億人×100)に達します。
全世界の英知を集めて対策に乗り出しているのに、このような悲惨な結果になっています。
人類がウイルス退治にてこずるのは、1)小さく、2)賢い、からです。
この2つの要素は、ウイルスの強みといえます。
*6:https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/coronavirus-world-map/
小さいと対策しにくい

出典:不織布マスクの性能と使用時の注意(*7)
細菌の大きさは1マイクロメートルほどで、ウイルスの大きさは0.1マイクロメートルほどです(*7)。1マイクロメートルは0.001ミリメートルです。
一方、市販のマスクの網目は10~100マイクロメートルほどなので、細菌も通過できますし、ウイルスならもっと簡単に通ることができてしまいます(*8)。
ただ、それでも市販マスクは重要な感染症対策グッズになっていて、その理由は後段で解説します。
コロナ患者さんを治療する病院などで使われているN95という特殊なマスクは、0.3マイクロメートル以上の粒子を95%遮断できますが、0.1マイクロメートルのウイルスであれば通過を許してしまいす(*9)。
それでもN95は、ほぼマスクの限界といえます。なぜなら、N95マスクは気密性が高すぎて、慣れない人がつけると息苦しくなるからです(*10)。N95より気密性が高いマスクもありますが、それを着けるとさらに息苦しくなり、医療行為などの作業ができなくなります(*11)。
感染症対策は、小ささとの闘いといえます。
*7:https://www.env.go.jp/air/osen/pm/info/cic/attach/briefing_h25-mat04.pdf
*8:http://influlab.jp/reception_desk/quiz/qa04a.html
*9:https://www.env.go.jp/air/osen/pm/info/cic/attach/briefing_h25-mat04.pdf
*10:https://bit.ly/2Ro02GH
*11:https://www.hospital.arao.kumamoto.jp/department/nursing/img/tushin_007.pdf
賢いと対策しにくい
ウイルスは脳を持っているわけではないので意志などないのですが、しかし、明確な「生き残り戦略」を持っています(*12)。
ウイルスは遺伝情報を持ったタンパク質などで構成され、標的となる細胞のなかに侵入してその細胞を乗っ取り、子孫を増やしていきます。
ウイルスは、自分で細胞を持たなくても増えることができます。これは、細胞をつくるための「コストと時間」が要らないということを意味します。
そのためウイルスは、自分にとって都合のよい環境が整うだけで爆発的に増えることができます。つまり爆発的な感染が起きるということです。
世界のほとんどの国と地域がコロナの封じ込めに失敗したのは、人の対応のスピードが、ウイルスの増殖スピードに追いつかなかったからです。
また、人類があるウイルスを封じ込める対策を開発することができても、そのウイルスが変異してしまえば、その対策は効果が落ちるか使えません。
人などの動物の遺伝子は滅多なことでは変異しませんが、ウイルスの遺伝子は簡単に変異します。
例えばインフルエンザウイルスは、人の遺伝子より100万倍の速度で変化(進化)します(*13)。
これだけ賢い生き残り戦略を持つウイルスを完全に封じ込めることは容易ではありません。
*12:https://www.med.osaka-u.ac.jp/introduction/research/microbiology/virology
*13:https://www.megabank.tohoku.ac.jp/genome/archives/789
まずはベースとなる対策を徹底しよう
新型コロナウイルス感染症を含む、ほとんどすべての感染症対策になるのが、次の3つです。
- マスク
- 手洗い
- 消毒
「もう聞き飽きた」と感じる人もいると思いますが、それは、いろいろな機関が繰り返し訴え続けているからです。
それくらい重要な対策なので、この3つは安全宣言が出るまで続けなければなりません(*14、15)。
*14:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/syoudoku_00001.html
*15:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html#Q4-1
マスクはダブル効果が期待できる
先ほど、市販のマスクはウイルスを通過させてしまうが、それでも重要な感染症対策グッズになっている、と紹介しました。
それは、マスクには1)自分の飛沫を飛ばさない、2)他人の飛沫を吸い込まない、というダブルの効果があるからです。
仮に、1つ目の効果が不十分でウイルスを通過させてしまったとしても、2つ目の効果がウイルスを妨げるので、完全にシャットアウトできなくても感染リスクが減ることが期待できます(*16)。
市販のマスクの材質は「不織布>布>ウレタン」の順に効果が高いとされています。
2人が50センチの距離で正面を向いているときの、飛沫の吸い込みの「防御率」は次のとおりです。
<飛沫の吸い込み「防御率」>
相手だけが布マスクをしているとき | 17%減 |
相手だけが不織布マスクをしているとき | 47%減 |
自分だけが布マスク、または不織布マスクをしているとき | 70%減 |
相手が布マスク、自分が不織布マスクをしているとき | 75%減 |
95%減の医療現場用N95マスクよりは劣りますが、日常生活の感染リスクは、感染者が多くいる医療現場の感染リスクより低いと考えられるので、市販マスクで最大75%減の効果が得られるのは大きな意味があります。
*16:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html#Q4-1
手洗いは自分の手を感染経路にしないために行う
手洗いについて、「なぜ洗うのは手だけでいいのだろうか」と疑問に感じたことはないでしょうか。
コロナ対策では、外から家のなかに入るときや、スーパーマーケットに入るときなどに、アルコールで手を洗うよう推奨されていますが、足や顔を洗うようには言われません。
手洗いが感染症対策になるのは、手が感染経路になっているからです。
手は、口、鼻、目を触る機会が多いという特徴があります。ウイルスは粘膜から体内に侵入するので、口の粘膜、鼻の粘膜、目の粘膜は「ウイルスの入り口」になります(*17)。
それで手は、ウイルスをエスコートしてしまうことになります。
手を水道水の流水で15秒間洗うだけで、手についたウイルスの数を100分の1に減らせます。石鹸やハンドソープで10秒もみ洗いして、流水で15秒すすぐと、1万分の1になります。
流水が使えないときは、アルコールで手を洗います。
流水はウイルスを流しますが、アルコールはウイルスを破壊します。
アルコールがウイルスに触れると、ウイルスを覆っている膜が破れ内容物が漏れ出て死滅します。
アルコールは、エタノール濃度が70~90%の製品が望ましいのですが、60%台のものでも効果が期待できます。
*17:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/syoudoku_00001.html
消毒できるものは極力消毒を
厚生労働省がおすすめする消毒液は、熱水です。熱水とは80度のお湯のことです(*18)。
熱水はかなり確実にウイルスを撃退できますが、手や電化製品、テーブル、椅子などには使えません。食器や箸など、熱水に耐えられるものを10分間さらすようにしてください。
熱水が使えない場所は、0.05%の次亜塩素酸ナトリウムや、家庭用洗剤(界面活性剤)を使って消毒してください。
*18:https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000645359.pdf
オゾンはコロナ対策であらためて脚光を浴びた
オゾンは、コロナ前から病院や介護施設、浄水場や食品加工場などで、病原体を殺菌するために使われていましたが、コロナ禍で高い効果と高い安全性が両立する殺菌ツールが求められ、あらためて脚光を浴びることになりました。
オゾンは、酸素と同じく酸素原子(O)で構成される気体です。酸素はO2ですが、オゾンはO3です。
実は酸素にも酸化という殺菌作用があるのですが、オゾンはさらに強い酸化力、殺菌力を持ちます。物質のなかで最も強い酸化力を持つのがフッ素で、オゾンはその次になります。塩素も強い殺菌力で知られていますが、オゾンの殺菌力の7分の1しかありません(*19)。
*19:https://www.ihi.co.jp/iat/shibaura/ozone/about/index.html
なぜオゾンは、コロナ前は目立たなかったのか
コロナ前のオゾンは、それほど目立った存在ではありませんでした。
それは酸化力が強すぎて、人が高濃度のオゾンを大量に浴びると健康被害を引き起こすからです。
そのため、病院や浄水場など、強力な殺菌力が必要で、なおかつ管理できる人を配置できる場所で使われることが多く、一般の人がオゾンを目にすることは滅多にありませんでした。
エビデンスが出て一気に普及
オゾンには、しばらくすると自然に酸素に戻って安全な状態になり、残留することがないという優れた特徴があります。
また、オゾンがインフルエンザウイルスやノロウイルスを死滅させることは実証されていたので、これらのウイルスの院内感染を起してはならない病院や介護施設では重宝されていました。
オゾン発生器のメーカーは、一般家庭や会社の事務所などへの普及を狙い、小型でオゾン濃度がそれほど高くない機器を開発していました。
そのため、コロナ禍で「オゾンが使えるのではないか」という話が持ち上がったとき、すぐに対応することができたのです。
そして、奈良県立医科大が2020年5月に、オゾンにはコロナを死滅させる効果があることを実証し、マスコミに大きく取り上げられました(*20)。2020年5月は、コロナが世界的な問題になってわずか半年後です。
「インフルエンザウイルスに効果があるのだから、オゾンはコロナにも効くだろう」という評価と、「医科大がオゾンのコロナ効果を実証した」という評価では、エビデンスの強さがまったく違います。
それで一躍注目の的となり、家庭用や事務所用のオゾン発生器は一時品薄状態になるほどでした。
*20:https://www.naramed-u.ac.jp/university/kenkyu-sangakukan/oshirase/r2nendo/documents/press_2.pdf
「低濃度オゾン水でも効果あり」さらに便利に
藤田医科大学はさらに、オゾンを水に溶かしたオゾン水は、低濃度でもコロナを死滅させられることを実証しました(*21)。
低濃度であれば、安全性はさらに高まります。また、気体のオゾンではテーブルや椅子やパソコンを拭くことはできませんが、オゾン水ならそれができます。
室内空間を隅々まで殺菌する場合は気体のオゾンを使い、面をピンポイントで殺菌したいときはオゾン水を使うことができるようになりました。
*21:https://www.fujita-hu.ac.jp/news/j93sdv0000007fdg.html
人々の意識を高める「山梨モデル」

出典:https://www.jiji.com/(独自認証「山梨モデル」に注目)
コロナ禍が2021年で2年目に突入したことで、自粛疲れや対策への飽き、油断が少しずつ社会問題化してきています(*22、23、24)。
そのため、人々の意識を再び高めることが、感染症対策で重要になってきました。
注目を集めているのが、山梨県が実施している「やまなしグリーン・ゾーン認証」です。この取り組みは「山梨モデル」として全国に広がっています(*25、26)。
*22:http://www.hc.u-tokyo.ac.jp/covid-19/psychiatry/
*23:https://www.nishinippon.co.jp/item/n/735573/
*24:http://www.tokachi.pref.hokkaido.lg.jp/Contents/leaflet.pdf
*25:https://greenzone-ninsho.jp/qa/index.html
*26:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFB19D2P0Z10C21A3000000/?unlock=1
県職員が現地を確認して認証する
自治体によっては、飲食店などが自己申告で「コロナ対策を行っている」と宣言すれば、宣言店と名乗れるようにしていますが、山梨モデルはそのような「ぬるい」仕組みではありません(*27)。
山梨県は、飲食店、宿泊施設、ワイナリーなどの事業者が講じるべき感染症対策を60項目設定しました(*28)。そして県の職員が対象の店などを訪問して、決められた感染症対策を確認できたときだけ「グリーン・ゾーン」(安全な空間)として認証します。
山梨モデルの感染症対策の一部は次のとおりです。
- テーブルとテーブルの間は、対人距離を1m以上確保する
- テーブルでは真正面での着座配置をしない
- テーブルの上に卓上調味料やポットなどを設置しない
- 従業員は休憩スペースでもマスクを着用する
- 従業員が一度に休憩スペースを利用する人数を減らす
- 30分に1回、5分間の2方向の窓全開の換気を行う
これらはすべて、エビデンスのある感染症対策ですので、ぜひ山梨県以外の店舗なども真似してみてください。
*27:https://www.fnn.jp/articles/-/73589
*28:https://greenzone-ninsho.jp/basis/index.html
政府も認めた、発生率わずか0.04%という実績
山梨モデルではさらに、利用者からの通報を受けつけたり、県職員が抜き打ち検査を行ったりして、重大な違反がみつかればグリーン・ゾーン認証を取り消します。
その代わり山梨県は、認証を受けた飲食店などを公式ホームページで公表しています(*29)。県が飲食店などを宣伝してくれるわけです。
山梨モデルは2020年7月から始まり、2021年5月7日までに5,243店が認証されました。そして、認証店でコロナ感染が発生してしまったのは2店で、その発生率はわずか0.04%(≒2店÷5,243店×100)です。
政府は山梨モデルと高く評価して、全国の都道府県知事に同様の認証制度の導入を求めました(*26)。
*29:https://greenzone-ninsho.jp/search
まとめ~想像することも感染症対策になる
極論をいえば、新しい感染症が発生した瞬間に感染者を隔離して、感染現場を封鎖したうえで徹底的に殺菌消毒すれば、外に広がることはありません。
しかしそれがどれだけ難しいことであるかは、自分の危機感の弱さを考えてみればわかるはずです。厚生労働省は2020年1月10日に「中華人民共和国湖北省武漢市において、2019年12月以降、原因となる病原体が特定されていない肺炎の発生が複数報告されており、必要な情報の収集・公表を行っている」という情報を公開しました(*30)。これは新聞やテレビでも報じられましたが、このとき、今のような惨状を想像できた人はいたでしょうか。
隔離や地区の封鎖は人権に関わる施策なので、今のような惨状が想像できる人がたくさんいないと、実行は難しいでしょう。
そうであるならば、想像力も感染症対策になるはずです。
感染症対策は数多く存在しますが、どれも決定打になっているわけではありません。しかしそれは、真剣に感染症対策を実行している人が少ないからかもしれません。
「このままダラダラとぬるい対策を続けていたら、1年後も2年後も危機は去らないかもしれない」と想像して、感染症対策を見直すときなのかもしれません。
*30:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08851.html